『ええ、それで長井の記憶が戻った後に一度だけ事情徴収をしたことがあったらしいです。青山さんの自宅に侵入後、大きな犬に追いかけられて逃げまどっているうちに歩道橋の下に落下してあのような身体になってしまったようですね』
「……ヤマトだ。きっとその犬は青山さんが飼っていたヤマトで間違いないです」
『なるほど……。それでか……』
警部補は何か引っかかる言い方をした。
『? どうかしたんですか?』
『いや……これは長井の母親から聞いた話ですが、どうも長井は青山さんを酷く憎んでいるらしく、殺してやると言ってるのを聞いてるんですよ。まあ今となって車椅子生活なので、長井の行動も制限されるとは思いますが、念の為に報告させていただきました。でも青山さんには話していないんですよ。煽るようなことを言って不安にさせてもいけないと思いまして』
電話が終わり、里中は通話を切った。色々な出来事があって長井のことをすっかり忘れていたのだ。
(まさか今頃になってまた長井の名前が浮上してくるなんて……)
部屋の時計を見ると朝の9時半を指している。
「取り合えず10時になったら花屋に電話を入れてみるか」
里中はぽつりと呟いた――
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今朝も渚は朝から眠っていた。
夢の中はいつも同じ光景。真っ暗闇の世界に相変わらず男がいる。ただ今日だけは違っていた。いつもは座っているはずなのに何故か渚が近づいてくると立ち上がり、振り向いたのである。
「お? 何だ? お前、珍しいことするな。驚くじゃないか。って言うかお前動けたんだな?」
その時、能面のような男の口元から言葉が漏れた。
「……すけて」
「え? 何だって? お前今しゃべったのか?」
「……を助けて……」
そして千尋を指さした。
「え? あの女を助けろって言うのか? 一体何から助けるんだ?」
男はある一点を指さした。
「?」
渚が訝しんでいるとポワッとその部分が明るくなり、車椅子に乗った若い男が映し出された。その目はギラギラ光り、鋭い殺気を纏わりつかせている。電車に乗り、何処かに向かっているようだった。
ゾワリ。
その瞬間、渚の中で血がたぎるのを感じた。そうだ、思い出した
アイツは、あの男は――
<千尋を助けてあげて……>
頭の中で声がする。
ああ、分かってる。何があっても俺はお前を守って見せる……!
「千尋!!」
渚は自分の叫び声で目が覚めた